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仙台高等裁判所 昭和30年(ナ)12号 判決

原告 磯貝信夫

被告 福島県選挙管理委員会

主文

原告請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「昭和三十年四月三十日執行の福島県内郷市長選挙における選挙の効力に関する原告の訴願に対し、被告が昭和三十年七月十五日した訴願棄却の裁決を取消す」との判決を求め、その請求の原因として

(一)、原告は右選挙における候補者である。右選挙における候補者は原告と沼田一夫の両名であつたが右選挙における投票開票の結果、原告の得票は九、〇四八票、沼田一夫の得票は九、六三三票となり、結局沼田一夫が当選人と決定されその旨告示された。原告は右選挙の効力に関し昭和三十年五月十日内郷市選挙管理委員会に対し異議の申立をしたが、同年五月二十六日棄却されたので同年六月十日被告委員会に訴願し、同年七月十五日請求の趣旨記載のように訴願棄却の裁決があり、その裁決書は同年七月十七日原告に交付された。

(二)、しかしながら右選挙は次の理由により無効である。即ち右選挙における投票者の総数は投票録により一九、三二二名と認められたのにかかわらず、開票の結果は投票総数一九、三二六票、内有効投票数一八、六八二票無効投票数六四四票となり、投票者数よりも投票数が四票多い結果となつた。のみならず右市選挙管理委員会は選挙録を作成するに当り、投票数を投票者数に合致させるため、有効投票数一八、六八一票、無効投票数六三九票、持帰り票数二票と選挙録に虚偽の記載をした事実、及び右選挙のため準備された投票用紙二二、〇〇〇枚の内現実に投票に使用された一九、三二六枚の残を開票終了後勝手に焼却した事実があるから、これ等の事実から考えると本件選挙においては右四票のほかなお相当数の投票用紙が不正に使用されたものと推測することができる。以上の次第で右四票増加の事実及び相当数の投票用紙の不正使用が推測される事実は、内郷市選挙管理委員会の選挙の管理執行に違法があつたもので、右は選挙の規定に違反し選挙の結果に異動を及ぼす虞があるものである。

よつて右選挙の有効なことを前提として原告の訴願を棄却した被告委員会の本件裁決は違法であるからその取消を求めるため本訴請求に及ぶ旨陳述し、被告の主張に対し、投票録による投票者数は、受付係による選挙人名簿の照合印数、投票用紙の交付係による投票用紙の交付数、入場券の整理係による入場者数、以上三者の数の合致した数であつて投票者数を確認する唯一のものである。若し右合致しない数があればその事実が附記される筈であるのに本件選挙の投票録にはその附記がなく、前記投票者数は動かし難いものである、と述べた。(証拠省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中(一)、の事実はこれを認める。(二)、の事実中、原告主張のように投票者数よりも投票数が四票多い結果となつたこと、選挙録の記載に原告主張のような誤があつたこと、投票用紙が二二、〇〇〇枚あつたこと、及び開票終了後残の投票用紙を焼却した事実はいずれもこれを認めるが、相当数の投票用紙が不正に使用されたこと及びその余の点はこれを否認する。原告主張の投票者数は投票録によるもので、これは選挙人名簿の照合印の数によつたものと認めるが、一方本件選挙の入場券の数によると投票者数は一九、三二九名となり実際の投票数よりも三名多くなつている。投票者数と投票数とは本来一致すべき筈のものであるけれども、係員が名簿に照合印をつけ落したり、また持帰りの票があつたりなどして一致しないこともあり得るのであるから、右の不一致を以て直ちに不正の投票が行われたものと断定されるものでない。また開票後投票用紙の残を焼却したのは内郷市選挙管理委員会の柴山書記が専断でしたものであるが、該焼却の事実は法の規定に違反するものではない。本件選挙において投票用紙が不正に使用された事実は全くない、と述べた。(証拠省略)

理由

昭和三十年四月三十日執行の福島県内郷市長選挙において原告及び沼田一夫が候補者であり、開票の結果原告主張のように沼田一夫が当選人と決定告示されたこと及び右選挙の効力に関し原告主張の経緯の異議、訴願がなされ結局昭和三十年七月十五日被告委員会が原告の訴願棄却の裁決をし、その裁決書が同年七月十七日原告に交付されたことはいずれも当事者間に争がない。

よつて右選挙につきこれを無効とする事由の存否につき案ずるに、右選挙において投票録による投票者数が一九、三二二名であるのに、投票総数一九、三二六票、内有効投票数一八、六八二票、無効投票数六四四票となり投票者数よりも投票数が四票多い結果となつたこと、右選挙の選挙録に事実と相違し有効投票数一八、六八一票、無効投票数六三九票、持帰り票数二票と記載されたこと及び右選挙のため準備された投票用紙二二、〇〇〇枚の内前記使用票一九、三二六枚の残投票用紙が開票終了後焼却されたことはいずれも当事者間に争がない。しかし投票録、開票録又は選挙録といえども、その記載に絶対に誤がないものとはいえないから、これらの記録における投票者数又は投票数の記載をもつて、実際の投票者数又は投票数を確認する唯一の資料としてこれを動かし難いものとすることはできない。従つて投票録に記載された投票者数よりも実際の投票数が多い結果を生じた場合であつても、その増減の差が僅少なものに過ぎないときは、未だこれをもつて直に選挙の管理執行に瑕疵があつたものと速断することはできない。本件においては投票録に記載された投票者数が一九、三二二名であるにかかわらず実際の投票数は一九、三二六票であるから、その増加の数は四票に過ぎないばかりでなく、当選人の得票数九、六三三票と次点者原告の得票数九、〇四八票との差は五八五票でこれに比するも右増加票の数は僅少なものといい得るから、このような場合四票の増加票を生じたことをもつて直に選挙の管理執行に瑕疵があつたものと速断することはできない。若しこの点に瑕疵ありとするにはこれを主張する者においてその事由を主張且立証しなければならないものである。

本件において実際の投票総数が一九、三二六票、うち有効投票数一八、六八二票、無効投票数六四四票であるのにかかわらず選挙録に有効投票数一八、六八一票、無効投票数六三九票、持帰り票二票と事実に相違する記載があること及び投票用紙の使用残が開票終了後焼却されたことは当事者間に争がなく、原告はこれらの事情から右増加票四票が投票用紙の不正使用でありなおその他に相当数の投票用紙の不正使用のあることが推測できると主張する。しかし選挙録は開票その他選挙会の状況を証明する書類に過ぎずその記載の瑕疵は右証明力に影響を及ぼすに止りこれが直に選挙の効力に影響を及ぼすものではなく、他に格別の事情の認められない限り右記載の瑕疵の存することから直に右投票用紙の不正使用を推認し得るものではない。又右投票用紙の使用残が開票終了後において焼却された事実は、この場合における投票用紙の管理に関する規定が定められていないとしても、後日生ずることがあるかも知れない投票又はその管理方法等の再審査を不便ならしめる虞がないとはいえないからその措置の妥当を欠くものであることは勿論である。しかし本件においてこの点と前示投票数増加の事実及び選挙録の記載に瑕疵のある事実を併せ考えても、未だ直にこれらの点から相当数の投票用紙の不正使用のあつた事実を推認するに足るものではなく、他にこれを推認するに足る事情の存在することはこれを認めるに足る証拠がない。従つて本件選挙につき選挙の規定に反し且選挙の結果に異動を及ぼす虞がある事実のあることは結局これを認めるに十分でない。以上により本件選挙を無効とする事由の存することはこれを認めるに足らないから、これを前提として本件裁決を違法のものとしその取消を求める原告の本訴請求はこれを理由なしとして棄却すべきものである。よつて民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村木達夫 畠沢喜一 上野正秋)

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